災害、老朽化、過疎化—日本のインフラが抱える課題は年々深刻さを増しています。
そんな中、テクノロジーの力で社会基盤を守る「インフラDX」が注目されています。
「通信」「水」「交通」「農業」。
未来を支える4つの革新事例を通して、日本のインフラのDXの可能性を探ります。
インフラDXとは何か?
インフラDXとは、通信・交通・上下水道・農業など、生活に必要不可欠な社会基盤にデジタル技術を導入し、維持・管理・改善を実現する取り組みです。
従来の人手中心の作業では対応しきれなかった課題に対し、AI、IoT、衛星データなどのデジタル技術を活用することで、スピードと精度を高めることができます。
具体的な技術例
- ドローン型基地局による非常時や緊急時の通信復旧
- AIによる水道管老朽状況の予測と検知
- 自動運転など交通サービスによる生活の維持
- 衛星データによる農地の状態把握と収穫予測
これらは単なる技術導入ではなく、地域の安全性やコスト削減、人員不足などの課題解決に繋がります。それはつまり、持続可能性を高める「未来への投資」と言えるでしょう。
なぜ今、インフラDXが必要なのか?
日本のインフラは、高度経済成長期に整備されたものが多く、老朽化が進んでいます。
例えば、上下水道について、国土交通省によると、水道管の総延長約74万キロのうち、約17万キロ(約23%)が法定耐用年数(40年)を超えています。
更新には1キロあたり数百万円以上の費用がかかるとされ、全国規模での更新には膨大な予算と長期的な計画が必要です。
以下はインフラ維持を困難としている主な要因です。
- 財政的制約
多くの自治体では、インフラ更新に必要な予算が確保できていません。特に人口減少が進む地域では、税収の減少によりインフラ投資が後回しにされがちです。 - 技術者不足
土木・建設分野の技術者の高齢化と若手不足が深刻です。更新・保守作業を担う人材が減少しており、作業の遅れや品質低下の懸念があります。 - 人口減少・過疎化
利用者が減っているにもかかわらず、広範囲にわたるインフラを維持し続ける必要があるため、効率的な運用が難しくなっています。 - 災害リスクの増加
地震や豪雨などの自然災害がインフラに甚大な被害を与えるケースが増えており、復旧と同時に老朽化対策も求められています。 - 情報の分散と管理の複雑化
インフラの設置時期や構造、保守履歴などの情報が紙ベースで管理されているケースも多く、デジタル化が進んでいないため、効率的な維持管理が困難です。 - 更新の優先順位付けの難しさ
どの施設をいつ更新すべきかの判断が難しく、限られた予算の中で最適な意思決定を行うためには、データに基づく高度な分析が必要です。
上記は、インフラの一部である上下水道の現状の一例ですが、こうしたインフラの現状課題解決に対し、「DX」は「限られた資源で最大の効果を出す」手段として注目されています。
未来を支える4つのインフラDX事例
以下は、「未来を支える4つのインフラDX事例」をまとめたものです。
事例 | 課題 | 解決手段 |
---|---|---|
空飛ぶ基地局 | 災害時の通信断 | ドローン型基地局で空中から電波を供給 |
AI水道管調査 | 老朽化による漏水 | 衛星データとAIで漏水箇所を特定 |
自動運転バス | 過疎地の交通手段不足 | 定常運行による移動支援 |
衛星農業支援 | 労働力不足・収益低下 | 衛星とAIで農地管理を効率化 |
空飛ぶ基地局(ソフトバンク)
ソフトバンクが開発を進める「空飛ぶ基地局」は、災害時や離島など、地上の通信インフラが機能しない地域に対して、ドローンや気球型の無人航空機を使って空中から通信を提供する技術です。
災害時や離島など、通信インフラが届きにくい地域に対応するため、ドローン型基地局の試験導入が始まっています。空中から電波を届けることで、迅速な通信復旧が可能になります。
この技術の本質は「通信の物理的制約からの解放」です。従来、基地局は地上に設置されるものでしたが、空中に展開することで、地形や被災状況に左右されず、迅速に通信網を復旧できます。
特に注目すべきは、災害時の初動対応における情報伝達の確保です。通信が遮断されると、救助活動や避難誘導が遅れ、被害が拡大する恐れがあります。空飛ぶ基地局は、そうした「情報の孤立」を防ぐ命綱となり得ます。
空から提供する通信インフラ「Starlink」との比較
「空飛ぶ基地局」と「Starlink」どちらも空から提供する通信インフラですが、その展開力・通信範囲・即応性には大きな違いがあります。
項目 | 空飛ぶ基地局(ソフトバンク) | Starlink(スペースX) |
---|---|---|
通信方式 | ドローン・気球型基地局(地上近く) | 低軌道衛星通信(地球周回) |
高度 | 数百メートル〜数キロ | 約550km(LEO) |
主な用途 | 災害時・離島などの一時的通信確保 | 世界中の常時インターネット提供 |
通信範囲 | 数km〜十数km程度 | 数百km単位の広域カバー |
利用対象 | 一時的・限定的なエリア | 地球全体(特に通信弱者地域) |
通信速度 | 地域のLTE/5G網と連携しやすい | 独立した衛星通信網(地上インフラ不要) |
導入の柔軟性 | 迅速に展開可能(災害時など) | 地上端末が必要、事前契約が必要 |
運用コスト | 比較的低コスト・短期運用向き | 高コスト・長期運用向き |
通信範囲やグローバルな展開力という点では、Starlinkは空飛ぶ基地局より分がありますが、「空飛ぶ基地局」は災害直後の「数時間」の即時展開や、地域の既存ネットワークと連携に優れています。
AIによる水道管調査
冒頭のインフラDXでも事例として紹介したAIによる水道管調査です。
老朽化が進む水道管の漏水を、AIと衛星データを活用して効率的に検出する技術が期待されています。従来は人手による目視や音響調査が主流でしたが、広範囲かつ高精度な調査が可能になりました。
AIによる水道管漏水調査の仕組み
1. データ収集
AIが漏水箇所を特定するためには、まず以下のような多様なデータが必要です。
- 築年数:古い管ほど劣化リスクが高い
- 管種・材質:鋳鉄、塩ビ、ステンレスなど、破損しやすさが異なる
- 地形・地質情報:地盤が緩い、地震が多い地域は破損リスクが高い
- 過去の漏水履歴:同じ地域で繰り返し起きている場合は要注意
- 気象データ:凍結や豪雨などが管に影響を与える
- 衛星画像・地中レーダー:地表の変化や地下の異常を検知
2. AIによる解析と予測
収集されたデータは、AIモデルにより以下のように処理されます:
- 異常検知:通常のパターンから外れた水圧・流量・地表変化を検出
- リスクスコアの算出:各管路に対して「漏水の可能性」を数値化
- 優先順位の提案:修繕すべき箇所を効率よく並べ替え
AIは、過去の漏水事例と現在の環境条件を照らし合わせ、「次に壊れそうな場所」を予測します。
これにより、従来は「壊れてから対応」だったものが、「壊れる前に予防」へと変わります。
3. 実際の成果と導入効果
- 調査期間:従来5年 → AI導入後7か月に短縮
- 漏水検知率:従来よりも高精度(誤検知の減少)
- コスト削減:人件費・調査機材の使用量が大幅減
- 環境負荷軽減:無駄な掘削や水の損失を防止
自動運転バス(長野県塩尻市)
過疎地の交通課題に対応するため、長野県塩尻市では自動運転バスの定常運行が開始されました。
高齢者の移動支援や地域の活性化にもつながっています。
この取り組みは、「交通の自立性」を再構築する試みです。地方では、バス路線の廃止や運転手不足が深刻化しており、移動の自由が奪われつつあります。自動運転は、そうした地域に持続可能な移動手段を提供します。
また、単なる移動手段にとどまらず、地域の社会参加や経済活動の再活性化にも寄与します。買い物、通院、交流といった日常の行動が維持されることで、地域の「暮らしの質」が守られるのです。
国内の自動運転車数
その他、自動運転車を活用した通年運行は、2024年12月末までに19カ所で行われていると言われています。
衛星データによる農業支援(サグリ株式会社)
サグリ株式会社は、衛星データとAIを活用して農地の状態を把握し、作物の育成や収穫時期の最適化を支援する技術を提供しています。植生・地表温度・土壌湿度などを広範囲かつ定量的に把握し、AIによる解析で農地ごとの状態や変化を視覚的に提示。
これにより、従来の「経験と勘」に頼る農業から、科学的な意思決定に基づく農業への転換を促進しています。
- 衛星データにより、植生・地表温度・土壌湿度などを広範囲かつ定量的に把握。
- AI解析により、農地ごとの状態や時系列変化を視覚的に提示。
- 自治体・農業法人・小規模農家など、幅広いユーザー層に対応
この技術は、異常気象や干ばつといった気候変動への適応にも有効で、リアルタイムで農地の状況を把握し、迅速な対応を可能にします。
国内では、福井県・岐阜県・兵庫県などで、農業委員会の業務効率化にも貢献しており、自治体・農業法人・小規模農家など、幅広いユーザー層に対応しています。
インフラDXの可能性と課題
上記の事例のように、インフラDXは地域の安全性や経済性を高める可能性を秘めています。
しかし、導入には技術的なハードルや、現場との連携不足といった課題もあります。
主な課題
- 専門人材の不足
- 地域ごとの事情に合わせた設計の難しさ
- 初期導入コストの負担
テクノロジーの全てが問題を解決するわけではありません。
だからこそ、現場の知見と組み合わせることで、DXは真価を発揮するのです。
インフラDXの未来展望まとめ:地域価値創造の実現
インフラDX(デジタルトランスフォーメーション)は、従来の「効率化」や「老朽化対策」を超えて、地域社会の価値創造へと進化しています。
1. 災害予測と連動したインフラ制御
- リアルタイムデータの活用
気象データ、地震・洪水センサー、SNS情報などを統合し、災害の兆候を早期に検知。 - 自動制御による被害軽減
例えば、豪雨時に排水ポンプを自動稼働させたり、避難ルートの照明や案内を動的に変更するなど、インフラが災害対応に連動。農業用トラクターの自動運転など。 - AIによる予測精度の向上
過去の災害データを学習したAIが、地域ごとのリスクを事前に評価し、インフラの運用計画に反映。
2. 地域データを活用した住民サービスの最適化
- スマートシティ化の加速
交通量、エネルギー消費、ゴミ収集状況などのデータをもとに、公共サービスを最適化。 - パーソナライズされた行政サービス
高齢者の見守り、子育て支援、観光案内など、住民の属性や行動に応じたサービス提供が可能に。 - 地域課題の可視化と迅速対応
住民の声(SNS、アンケート)とインフラデータを統合し、課題をリアルタイムで把握・対応。
3. インフラ整備を通じた移住促進と地域活性化
- 生活利便性の向上
高速通信網、電力・水道の安定供給、交通アクセスの改善により、地方移住のハードルが低下。 - 地域資源の魅力発信
観光地や特産品の情報をデジタルで発信し、インフラと連携した体験型サービスを提供。 - 空き家・遊休地の活用
インフラ整備と連動して、空き家をリノベーションし、移住者向け住宅やコワーキングスペースに転用。
4. 官民連携による新たなモデル構築
地域住民との共創
ワークショップや実証実験を通じて、住民の声を反映したインフラ設計・運用が可能に。
国・自治体の支援制度の充実
スマートインフラ導入への補助金、実証事業の推進、データ連携基盤の整備などが進行中。
民間企業との協業によるイノベーション
建設・IT・通信・エネルギーなど異業種連携による新サービス創出(例:スマート街灯、AI道路点検)。
まとめ
インフラDXは、単なる技術革新ではなく、地域の未来を守るための「社会的な挑戦」です。
災害、老朽化、過疎化という課題に対し、テクノロジーは確かな解決策を提示し始めているといえます。
今後は、こうした事例を積み重ねながら、全国各地での展開が進むことが期待されます。
私たち一人ひとりがその変化を知り、支え合い、技術を連携させることが未来のインフラを守る第一歩になるのではないでしょうか。